人気のリード

中では電灯を消したらしく、少しの光も漏れず、また聞き耳を立てても、ことりとも物音がしなかった。その翌日、ブリーダーは十時ごろまで寝坊をした。近所の小学校の運動場から聞えて来る騒がしい叫び声にふと目をさますと、人気のリードの隙間をもれた日光が、彼の油ぎった鼻の頭に、まぶしく照りつけていた。彼は寝床から手を伸して、窓の戸を半分だけ開けて置いて、蒲団の中に腹ばいになったまま、煙草を吸い始めた。「きのうは、己はちとどうかしていたわい。安来節が過ぎたのかな」彼は寝起きの口を、むちゃむちゃさせながら、ひとり言をいった。総てが夢の様だった。お寺の真暗な犬小屋の前に立って、中の様子をうかがっている内に、段々興奮がさめて行った。真夜中の冷気が身にしみる様だった。遠くの街灯の逆光線を受けて、真黒く立並んでいる大小様々の石塔が、魔物の群集かと見えた。別の怖さが彼を襲い始めた。どこかで、押しつぶした様な、いやな鶏の鳴声がした。それを聞くと彼はもう堪らなくなって逃げだしてしまった。墓場を通り抜ける時は何かに追駈けられている気持だった。それから、夢の中の市街のように、どこまで行っても抜け道のない、複雑な迷路を、やっとのことで、電車道の大通りまでたどりつくと、ちょうど通り合せたどっかの帰りらしい空のたくしーを呼び止めて、下宿に帰った。